2023年10月31日火曜日
こんにちは。経済学部経済学科2年篠原寛です。日頃より、中央大学へのご支援、ご声援ありがとうございます。
今年のブログのテーマは「陸上生活を振り返って」です。ですので、私は陸上を始めたきっかけについて話をしたいと思います。
私が本格的に陸上を始めたのは高校からです。ということは中学校の駅伝チームで走っていたということがきっかけであると考えるのが自然かのように思われます。しかし、「陸上生活を振り返って」というテーマが決まった後、私の陸上生活を振り返ってみると、陸上を始めたルーツは小学校の時にあるのではないかと思いはじめました。
というのも、小学校一年生の時のマラソン大会での成功体験にその端緒はあるのではないかと思うようになったからです。当時の私は学童保育に通っていたため、下校には迎えが必要でした。迎えにくるのは兄の担当でした。兄は小学5年生で、遊び、部活と多忙な時期のため、迎えの時間は少しでも短くしたい、自身のモラトリアムを謳歌したい、青春をしたい、と考え、自転車で迎えに来て荷物を持ち、私は走って帰るようになりました。その点だけだったら過酷ではなかったはずです。優しい兄のままだったはずです。しかしながら、彼は以下の点で優しいとは形容し難いような人になってしまったのです。彼は乗っていた自転車で並走するのではなく、後ろから、私がいないかのように、あくまで兄弟として、猛スピードで突っ込んできたのです。それは小学校一年生の私にとっては何よりも心を占める重要な問題になったのです。彼にとっても重要な問題だったのでしょう。そしてその時から私は小学校一年生にして夫婦喧嘩して帰りたくても帰れないような夫の気持ちかのようにその時を待つようになったのです。つまり、その時間、または迫りくる自転車からの逃走をするようになったのです。また、兄は迎えにいくということと、遊びたい、部活動に励みたい、という葛藤と闘争するようになったのです。そしてその、闘争-逃走を積み上げているうちに、気づいたら、小学校一年生のマラソン大会で一位を取っていました。ありのままに言って、「気づいたら」だったのです。
陸上生活をこのように振り返ると、上記のような不思議な成功体験が常に私を捉えて離さなかったために、陸上を始めたのではないかと思います。小学生の頃は恐怖で逃走のために走っていましたが、今では走りたくて走るようになりました。その点で私の走りは「逃走」から「闘争」(結果を求めるという意味で)へ転倒していたのです。闘争と逃走は紙一重だったというわけです。偉大な兄は齢10にしてその真理に至っていたために、上記のような行為をしたということなのでしょう。
今は思うような結果が出ず、苦しい時期が続いています。しかしながら、少年時代の逃走の時期は既に過ぎ去り、今はその結果に対して真摯に闘い続けています。見ていてください。
非常に冗長なまとまらない文章となりましたが最後まで読んでいただきありがとうございます。
次は弾ける笑顔の後藤琉太朗です。
篠原 寛(2)
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| 正解は右ー!! |
投稿者
選手
時刻:
18:41

