2026年8月3日月曜日
こんにちは。日頃より中央大学陸上競技部へのご支援、ご声援をいただきありがとうございます。2年の安東海音です。先日は足元の悪い中、中大記録会に応援に来てくださった方々ありがとうございました。
今は夏合宿中で頭が回らず何を書けば良いか迷っていましたが、今回は、よく意外と言われる4歳から11歳まで柔道を習っていたことについて書こうと思います。
自分は、幼稚園に通っていた頃、兄も柔道を習っていたのでその影響もあり柔道を始めました。最初は道着を1人で着れないしサイズも大きくて着るだけで疲れていて大変でした。相手も同級生が少なかったので先輩と稽古をしていましたが全く相手にならないくらいすぐに投げられてきつかったことを覚えています。
学年が上がっていくと進級審査といって帯の色が変わる試験があり白、水色、黄色、緑色と、勝てば色が変わりその人の強さを表す象徴で、自分は負けず嫌いな性格もあり、新しい色の帯をもらうために必死に練習に励んでいました。少しずつ帯の色が変わっていくのが純粋に嬉しく、厳しい稽古にも耐える大きなモチベーションになっていました。
小学生の高学年になると体が細い自分にとって体重が2倍ほどの差がある選手と対戦することもあり、正面から力でぶつかるだけでは絶対に勝てないと痛感しました。なので、スピードを生かした足技を磨いたり、相手の力を利用して投げるタイミングを狙ったりと、自分なりの戦い方を必死に工夫しました。体格のハンデを工夫で乗り越えて勝てたときの達成感は格別でやりがいを感じていました。しかし、あまりにも相手がデカかったので11歳で柔道を終えて陸上を始め今に至ります。この7年間は自分にとって試練の7年間でしたが、今となってはいい思い出です。
話は戻って大学に入り自分の走りができていない状況が続いていますが、今やってきていることが結果に出ることを信じて自分と向き合いながら頑張っていきます。こんな文章を最後まで読んでいただきありがとうございました。
これからもご支援、ご声援のほどよろしくお願い致します。
次は、仕事熱心な三上さんです!!
安東 海音(2)
| 柔道を習っていた時はしっかり坊主でした |
投稿者
選手
時刻:
18:20
