2019年7月9日火曜日

こんにちは。文学部英語文学文化専攻の田井野です。
今日から選手ブログが再開します。今回が初めてのブログになりますので、自分の陸上人生についての話と近況報告をしたいと思います。最後まで読んでいただけると幸いです。

僕が陸上を始めたのは中学2年のお正月です。それまでは小学2年からサッカーをしていました。友達に誘われて何となく地域のスポーツクラブのサッカーチームに所属して中学2年まで6年間続けました。背も低く、キック力もなく、技術のなかった僕の得意技はパスミスとトラップミスでした。何回もやめようと思いましたが、他にすることもなくこれまた何となく続けていました。
中学校に上がる際にクラブチームで続けるか、中学の部活で続けるかの選択がありましたが、クラブチームで続けるほどのモチベーションはなく部活を選択しました。結果としてそれが僕に陸上競技を始めるきっかけを与えてくれました。サッカー部は陸上部と一緒に朝練習をしていました。僕の学校は全校生徒200人に満たなかったので駅伝の要員として駆り出されていました。そこで全国中学駅伝に出走して、最後の年は駅伝に挑戦したいという気持ちがあり、陸上部に転部しました。
今までサッカーでは勝てなくて自分に自信が持てませんでしたが、陸上では面白いように結果が出てのめりこんでいきました。最終的に最後の年は全国駅伝で6位という結果を残し、もっと上の環境で競技をしたいと思ったので、地元を離れて広島の世羅高校を進学先に選びました(僕の地元は高知県です。15年間高知で過ごしましたが、半年もしないうちに土佐弁を忘れてしまいました)。
高校では周りのレベルに全くついていけずに何度も心が挫けそうになりましたが、チームメイトとスタッフの方々に助けられて3年目には寮長を任せていただき、充実した3年間を送ることができました。しかし3年目の全国高校駅伝の最終選考で漏れてしまい、出走することができませんでした。県駅伝では6区を走り、本選でも6区を走る準備をしていました。結局6区で勝負が決まってしまいました。全国2位であれほど悔しい思いをすることができたので、僕の選択は間違っていなかったと思います。この悔しさが大学に入って競技を続ける最大のモチベーションになっています。
高校の3年間で僕は1週間しかけがをしたことがありませんでした。人よりケアをしている自信があり、大学でも故障せずに練習を積み重ねれば結果を出せると思っていました。しかし、大学に来てからまともに練習できたのは最初の1週間ほどでした。膝の痛みで結局3ヶ月間全く走ることができず、苦しい時間を過ごしました。タフさを自信にしていた僕にとって、この3ヶ月間は無力感を感じる時間が多かったですが、その間に走り以外に筋トレをして体を鍛える時間をとることができ、自分にとって必要な時間だったと思います。最近の1ヶ月は少しずつ練習を再開することができています。

今月から夏合宿が始まります。この期間けがをせずに練習を継続していくことが目標です。皆さんに元気に試合を走る姿を見せられるようにします。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。次回の更新は1年生の千守です。ぜひご覧ください。

田井野悠介(1)

右下、田井野(1)

  • 中央大学陸上競技部