2024年7月2日火曜日
こんにちは。
日頃より、ご支援、サポートありがとうございます。
大阪の可愛い後輩から、紹介のあった文学部三年の白川陽大です。
陸上人生で印象に残ったことを書こうと思います。
私は、小学生の頃から、陸上競技を始めましたが過去二回、この競技をやめてやろうと思ったことがあります。
一回目は、一昨年、昨年のブログに書かせていただいた、中学三年生の時です。
二回目は、昨年の秋です。9月後半から11月中旬までの間、本当にやめて大阪に帰ろうか考えていました。
私は、昨年の前期全く結果が出せなかったので、夏合宿で取り戻さないといけないと考え、毎日ぶっ倒れる寸前まで走り込みました。
その反動が9月の日本インカレが終わったあたりから、体に異常な反応が出てきました。
しかし、そのまま追い込み続けてレガシーハーフで低体温症になり、その週のポイント練習において、中学生レベルの設定タイムでも遅れを取ってしまうこともありました。
そのときの症状は、朝まで寝付けない、心臓の異常な鼓動、足が回せなくて電動自転車も漕げない、背中の張り、体のむくみなど様々でした。
どうするのが正解かわからず、スタッフに相談したら怒られるだけだと思ってしまった私は、親と高校時代の顧問に泣きながら電話し、「もう、しんどいです。走るのやめます。」と伝えました。
完全なオーバートレーニング症候群でした。
一週間の休養期間を頂くことができ、その期間は走ることは忘れて、寝るか散歩するかの日常を送っていました。
チームが全日本大学駅伝に向かっている中でもあり、私は名古屋に行く予定でしたが、走っている人を見ることができず、東京に残りますと伝えました。無責任な行動だったな、と反省しています。
全日本大学駅伝のパブリックビューイングが大学内で開かれ、応援しに行きました。
そこで堀尾さんが解説されていて、観客席に向かって、白川には箱根走って欲しいと言って頂き、マイクを回され、中大の応援者の前で私は現状の話をしました。しかし、私の話に興味を持って頂ける方はおらず、歓声でインタビューは遮られました。もう駄目だと思いましたが、終わった後に堀尾さんは「誰が何と言おうと、きっと大丈夫だから。」と伝えてくださり、その日の午後から、真剣に練習を再開しました。
その言葉だけを信じ、なんとか箱根駅伝には出走できましたが、もっとちゃんとしていれば自分がチームを助けることができたのにと、悔しさが残りました。
この期間に同部屋だった大和さんをはじめとしたチームメイト、スタッフ、家族、高校の先生には本当にご迷惑をお掛けしました。
来年のお正月はこんな後悔絶対にしたくないですし、中央大学というチームが箱根という大舞台で悔しさを晴らし、存在感を発揮するために、今年は練習やレースを頑張っています。
私たちは夏を超えて、必ず強くなって、帰ってくることをお約束しますのでこれからも変わらぬご支援、ご声援よろしくお願いいたします。
次は入学前の印象最悪だったのに、今ではめっちゃなついてくれている一年生の荒井遼太郎です!
白川 陽大(3)
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| 悔しさを忘れません。 |
投稿者
選手
時刻:
18:07

